Q8. 株主資本主義の問題点を教えてください。

A. 第1の問題点は、企業価値基準にROE(自己資本利益率=当期純利益/自己資本、リターン・オン・エクイティー)を重用していることです。
現在、企業の価値は、「時価総額」で測られるようになりました。株式を公開している会社の時価総額とは、「株価×発行済み株式数」ですから、時価総額を上げるには株価を上げる必要があります。株価を決める指標として、「どのくらいの資本金を使って、どのくらいの利益を上げたか」を割り出す指標としてのROEが重視されるようになりました。ROEを上げるための王道は、新製品をつくり、成功させて売上を大きくすることです。しかし、1980年代以降、経営者は、ビジネススクールの教える分子(利益)を大きくするのでなく、分母(資産)を小さくする方法を採用しました。ROEを上げるために、従業員ごと工場を売却して外注化を行ったり、人件費や技術開発投資を削減し会社の資産の圧縮を図るようになりました。ROE経営は、「すでにあるもの」の効率化を図ることができても、「今はないが、将来つくるもの」の価値を最大化することはできません。反対に、そういうものを積極的に切り捨てたほうが、ROEは上がります。ROE至上主義では、今後の産業転換に適応していくことができないのは明らかです。また、資金の蓄えを持っている企業のほうが、災害や経済危機への抵抗力が強いことは証明済です。人員整理よりも安定した雇用を提供している方が、たとえROEが低くなったとしても「持続性」(サステナビリティー)が高くなります。

第2の問題点は、企業価値基準にIRR(内部収益率、インターナル・レート・オブ・リターン)を重用していることです。同じ額のリターンをあげるのにかかった期間が短い方が高い数値が出るように設計されている投機家向けの指標です。このような指標を実体経済を支える産業に当てはめてしまったら、新製品の開発に長い年月がかかる製造業は成り立たなくなります。

第3の問題点は、企業価値基準に総還元性向(株式配当+自社株買い総額)/当期総利益の比率)を重用していることです
【2006~2015年の総額による総還元性向の比率】
IBM          113%
マイクロソフト      119%
ヒューレット・パッカード 168%
マイクロソフトの119%とは、税引き後の純利益が100億円あったとすると、その他に19億円の内部留保を崩すか、外部から借入をして119億円を株主に配っていることを意味します。
ヒューレット・パッカードの168%とは、既に内部留保をもう使い果たしているので、社債を発行するか借入までして68億円を積み増し、168億円を株主に配っている計算になります。
米国の企業は内部留保を削りながら株主におもねっており、いつまで存続できるか心配になります。

【日米企業の総還元性向の推移】


出所)生命保険調べ
(日本)TOPIX構成企業(赤字企業含む)
(米国)S&P500構成企業(赤字企業を含む、暦年ペース)

第4の問題点はアメリカの株式上場では、株式の上場で資金を市場から調達できるが、同時に自社株買いに内部留保を充てるので、会社の資金を外部に放出することになり、上場によるネットの資金の増減は1993年以降マイナスになっていることです。
上場によるネットの資金の増減=株式市場での売却分-自社株買い分

第5の問題点は、経営陣にストックオプションの権利が付与されたことです。経営陣は自分が経営トップに在任している数年のうちに株価を上げることばかりに注意が奪われていくようになってしまいました。呆れるほどの高収入になったCEOが続出しました。

第6の問題点は時価会計、減損会計主義をとっていることです。株主の大部分は、短期的に保有して高値で売り抜けることを目的としています。それが株主の利益であるならば、企業の経営陣は無理をしても株価を吊り上げようと試み、都合の悪い情報があれば隠そうとします。経営陣が多額のストックオプションを持っていれば、なおさらそうなります。大企業に不正会計や粉飾決算が続発するのは、「時価総額(発行株式×株価)をできるだけ高く吊り上げること」が「優れた経営」だとされているからです。
また、時価会計・減損会計を取り入れると、たとえ本業の商売がうまくいっても、企業のもつ資産価値が下がることによって営業収益がまるで地雷のような影響を受けます。したがって企業としては、なるべく資産を持たないでおこうという方向へ向かいます。
アメリカで企業が大きな資産を持つことを避けるようになったのは、まずROEを上げるためでした。時価会計・減損会計はその流れをさらに加速したものといえるでしょう。メーカーが土地を買い、新しい工場を作れば、土地価格の下落が収益を押し下げる新たな要因になります。ならば、外部工場に生産を委託してしまったほうが、このようなリスクを回避することにつながります。
時価総額とは、「仮にいま企業を解散したらいくらで売れるか」という目安にすぎません。企業の価値は、そんな仮想の指標で測られるべきものではありません。優れた製品やサービスをどれだけ提供し、その企業に関係する経営者、従業員、仕入先、顧客、株主のすべてにどれだけ貢献し、さらには社会にどれだけ貢献しているかによって測られるべきです。

第7の問題点は、社外取締役制度が、株主の立場に立った企業統治を行っていることです。ガバナンス・コードには、もっともらしいことが書かれているのですが、とくにアメリカでのガバナンスの運用実態を検証すると、「会社は社会の公器」という理念からかけ離れた事例ばかり際立っています。
株主資本主義の下で、生活に有用なモノをつくり出し、たくさんの雇用を生む製造業が衰退してしまうのは、米国を見れば明らかです。結局、彼らのやり方では一秒間に数千回も株などを売買して利ざやを稼ぐマネーゲームが一番効率の良いビジネスになってしまうのです。